2023年4月1日より中小企業の割増賃金率の引き上げが施行開始!
2022年06月16日
1.割増賃金率に関する労働基準法の内容
2022年6月現在、2008年労働基準法改正(2010年4月1日施行)により、1ヶ月の時間外労働が60時間を超えた場合、当該月60時間を超えた部分について、割増賃金率を50%以上とする割増賃金を支払わなければなりませんでした。
しかし、中小企業[1]については特例が定められており、月60時間を超える時間外労働について、割増賃金率を50%以上とする規定の適用が猶予されていました。
しかし、2023年4月1日からは、この猶予の規定が削除されることから、中小企業も、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を50%以上支払う義務が発生することとなりました。
[1]中小企業とは、①小売業の場合は資本金若しくは出資の総額が5,000万円以下又は常時使用する労働者数が50人以下、②サービス業の場合は資本金若しくは出資の総額が5,000万円以下又は常時使用する労働者数が100人以下、③卸売業の場合は資本金若しくは出資の総額が1億円以下又は常時使用する労働者数が100人以下、④①~③以外の業種の場合は資本金若しくは出資の総額が3億円以下又は常時使用する労働者数が300人以下の企業(法人又は個人事業主)をいいます。
(1)月60時間の算定方法
月60時間を超える部分とは、1ヶ月の起算日から時間外労働時間を累計して、60時間に達した時点より後に行われた時間外労働を指します。
60時間の算定対象となるのは、法定時間外労働であり、所定時間外労働や法定休日労働は算定の対象とはなりません。例えば、所定労働時間を法定労働時間(1日8時間)より短い1日7時間と定めている会社において、労働者が所定労働日に9時間労働をした場合、算定の根拠となるのは法定労働時間を超える1時間となります。
なお、法定休日以外の休日(所定休日)における労働は、当該労働が法定時間外労働に当たる場合、60時間の算定根拠となります[2]。
(2)その他の割増との関係
例えば、月60時間を超える時間外労働を深夜の時間帯(午後10時~午前5時)に行った場合、割増賃金率は、引き上げ後の時間外割増賃金率50%(以上)に深夜割増賃金率25%(以上)が加わるため、75%(以上)となります。
他方、先述のとおり、法定休日の労働時間は月60時間のカウントに含まれませんので、法定休日の時間外割増賃金35%(以上)は、従前のままです。
(3)罰則
割増賃金の不払いは、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金の罰則が定められています。また、罰金に加えて、労働者の請求によって裁判所から付加金の支払いを命じられる可能性があります。このように、割増賃金の不払いには厳しいペナルティが設けられているため、割増賃金率の引き上げへの対応は必須となります。
[2] 平成21年5月29日基発第0529001号厚生労働省労働基準局長通達。
2 割増賃金率の引き上げへの対応
これまで中小企業に対する適用が猶予されていた理由は、中小企業の経営体力などを考慮し、やむを得ず時間外労働を行わせた場合の経済的負担が大きいため等と説明されていました。
しかし、法改正から10年以上が経過しているとはいえ、現時点においても割増賃金率の引き上げにより経営を圧迫される中小企業は少なくないのではと思います。
この点、引き上げられた割増賃金率の部分については、割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(代替休暇)を与えることも可能です。
具体的には、①労使協定により、月60時間を超える時間外労働について改正により引き上げられた部分の割増賃金に代えて代替休暇を取得できる旨を定め、②労働者が代替休暇を取得した場合は、割増賃金の支払いをしなくてよいこととなります。ただし、代替休暇として与えることができる時間数は算定式が定められています。
【算定式】
(1ヶ月の法定時間外労働時間数-60時間)×(代替休暇を取得しなかった場合の割増賃金率※例えば50%-代替休暇を取得した場合の割増賃金率※例えば25%)
以上のように、代替休暇を取り入れることで、経済的負担をある程度抑えることが可能と考えます。
ただし、代替休暇を取得したとしても、基本的な時間外労働に対する25%(以上)の割増賃金の支払い義務は残る点は注意が必要です。また、代替休暇を取得するかどうかは個々の労働者の意思に委ねられており、実際に休暇を取得しなかった場合には60時間超の割増賃金支払いが必要となる点も注意が必要です。
その他、代替休暇は1日又は半日単位で与える必要がある等、いくつかの留意点がありますので、導入に当たっては制度の詳細を十分ご確認ください。
他方、割増賃金率引き上げの適用を回避するために、法定休日の振替を行うことで法定休日労働の割増賃金率である35%(以上)を適用する方法も理論的には考えられますが、この方法については、厚生労働省等から「労働基準法の趣旨に照らして望ましくない」との見解が示されている[3]ため、ご注意ください。
ハード面では、割増賃金率の引き上げに伴い、割増賃金率の修正や代替休暇の追加等の就業規則の変更が必要になる場合があります。厚生労働省からモデル就業規則[4]が公開されているため、ご参考ください。
中小企業への割増賃金率の引き上げの適用開始を控え、時間外労働が月60時間を超える状態の中小企業においては、就業規則等の見直しに加え、時間外労働抑制のための社員個人のスキルを向上するための教育体制を構築する、人手不足解消のための新規雇入れ、既存業務のDX化などのためにシステム投資等の対応が求められるところです。
[3] 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「働き方改革関連法のあらまし(改正労働基準法編)」p26
[4] 厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則(令和3年4月版)」
コラム執筆者
松田綜合法律事務所
弁護士
慶應義塾大学法科大学院修了、2019年弁護士登録(東京弁護士会)
企業法務、一般民事事件、刑事事件などを取り扱い、労務案件としては、労働訴訟、団体交渉、就業規則の改定等、労働案件等も担当。